【インタビュー】現役のカーデザイナーに会ってきた!ーダイハツ工業・石崎弘文さんの場合ー


こんにちは!Car Design Academyです。

Hi! This is Car Design Academy.

今回はアプローズや初代オプティを皮切りに、ネイキッド、初代ムーブ、初代コペン、ミラ・イースなどダイハツを

象徴する数々の車種を世に送り出してきた石崎弘文さん!

The guest today is Mr. Hirofumi Ishizaki, who has designed and launched Daihatsu’s signature cars in the last 30 years. For those who are not familiar with the car maker, Daihatsu, please take a minute to go through the introduction of Daihatsu.

Daihatsu Motor Co, (Daihatsu hereafter) was established in 1907, based in Osaka, Japan. It is currently a subsidiary company of Toyota. Daihatsu is specialized for development and production of small cars. Particularly strong at manufacturing so-called Keijidousha, Kei-Car, Light Car. Kei means “light/small” in Japanese. Kei-Car is a legal category, define the size of a car precisely and engine size of less than 660 cc. Consumers can enjoy tax incentives and less insurance premium requirement for Kei-Car. Daihatsu is a leading company in this Kei category here in Japan. Daihatsu’s annual sales exceed 12 billion US dollars, or 10 billion Euro. Today’s guest Mr. Ishizaki has contributed to all Kei-car development projects in the last 3 decades. Daihatsu is expanding its market share not only in Japan but also Malaysia and Indonesia. The below is the link to Daihatsu Web Page English Version. http://www.daihatsu.com/index.html

 

カーデザイナーになるきっかけから、開発ストーリー、はたまたカーデザイナーを目指す方への

アドバイスまで、たっぷり聞かせて頂きました。

He has given a lot of advice to students or young designers in our interview today what he believes the important things to become a good designer. Hope his words are going to help you getting some hints to step up the next stage.

 

それではどうぞ!

Here we go!

 

 

【インタビュー】現役のカーデザイナーに会ってきた!ーダイハツ工業・石崎弘文さんの場合ー

We Met an Active Front-Line Designer! Interview with Hirofumi Ishizaki in Daihatsu Motor Co.

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石崎 弘文(いしざき ひろふみ)=1952年、愛媛県松山市に誕生。有数の進学校として名高い愛光学園で中高を過ごす。その後、トヨタ自動車八重樫デザイナーのアドバイスにより、千葉大学工学部工業意匠学科に進学。1975年、本田技術研究所に入社し、2代目シビックやクイントなどのプロジェクトを担当。その後の81年、ダイハツ工業に転職。現在は海外本部のデザイン担当理事を務める傍ら、神戸芸術工科大学でカーデザインを教えている。写真は、愛車のコペン。奥様の郷里である瀬戸内海屋代島にて撮影されたもの。

Hirofumi Ishizaki= born in Matsuyama, Japan, in 1952. He went to Aiko School which has been a famous academically high-level school. After he graduated, he enrolled Chiba University, majored Engineering, Industrial Design Dept. He graduated there in 1975 and joined Honda, and worked for the development of second generation CIVIC and QUINT. In 1981, he was headhunted by Daihatsu. Today, he is a director for the International Design Department. He has a Car Design class in Kobe Design University. The picture is his favorite car COPEN, which he designed and completed its project.

―今日はありがとうございます。そもそもカーデザイナーを目指すきっかけからお聞きしていいですか?―

 

きっかけは、父の愛車だったコンパーノ・ベルリーナです。

まだ車がそんなに普及していない時代でしたが、近所にはファミリアやパブリカが停まっていたんですね。

 

コンパーノ・ベルリーナのグリルはピカピカの金属で上下に美しく組まれているのに対し、他のクルマは

一枚板を貼っつけただけのようなデザインでした。

 

それを見比べてみて、「なんでうちのクルマはこんなに綺麗なんだろう」と思ったんですね。

それが小学校2,3年くらいの頃でしょうか?

 

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In his junior high school days, he had already wanted to be a Car Designer, however, in those days car designing was not acknowledged profession in Japan broadly. One day he was reading a car magazine and found a Toyota designer name, Mr. Yaegashi. He called the magazine editorial office whether they can give him an address of Mr. Yaegashi. He wanted to ask which university he had better go to seek a car designer special courses. Kindly enough, the editors gave him Toyota Motor business address, and he wrote a letter attention Mr. Yaegashi. A few weeks later, Mr. Yaegashi replied by mail and gave him 10 names where he thought good names to go. At the end of letter, Mr. Yaegashi wrote that he graduated Chiba University. Mr. Ishizaki immediately decided to go to Chiba University without any hesitation. Interestingly, although he did not get any skill training at Chiba University, he was rather encouraged to gain more broader knowledge.

After college education, he was recruited by Honda. There he met many designers, for those future leading designers in Japan. Like, Kurihara, in Nori Inc., Matsuzawa of Honda. A several years of service in Honda, he had a chance to develop Second Generation Civic, flagship car for Honda in those days, but he was not satisfied. One day he met Mr. Nishino, a director of Daihatsu coincidently. Ishizaki told Mr. Nishino that he was very much admired the design and concept of Daihatsu’s new model at that time, called Charade, actually Mr. Nishino was responsible for launching this model. Mr. Nishino asked Ishizaki whether he was happy with the job at Honda. Ishizaki replied honestly, “No.” Very soon, he was headhunted by Daihatsu.

Ishizaki says that good thing about Daihatsu was the company was small and open, and he got a good support from the management. He has involved in designing all Kei-Car those Daihatsu launched after revision of government specification for Kei-Car, such as First Generation OPTI, MOVE, NAKED, TANTO, and COPEN. (ここで、それぞれの写真を入れられないかな?)

―小学校低学年の時点で、すでにデザインの良し悪しを自分で判断していたんですね笑―

 

幼心にそう感じていましたよ。

今でも強く印象に残ってます。

 

その後、第二回日本グランプリにASTON MARTINのDB4GTザガートが出たのを見て、衝撃を受け、

第三回にダイハツが活躍して更に衝撃を受けて。

 

これはレーシングカーの設計者になるしかないと思いました。

当時はカーデザイナーという仕事自体知りませんでしたから。

ダイハツ P3

ダイハツP-3=1966年の日本グランプリで初登場したコンパーノをベースとしたマシン。1300ccの排気量ながら、アバルトシムカを抑え総合7位に。

 

その後、ある雑誌を読み、初めてカーデザイナーという仕事を知ります。

 

記事にトヨタの八重樫さんというデザイナーが出ていたんですね。

 

これだ、と思ったんですがなんせ四国の松山なので情報は殆ど無い。

どうしようかと考えた結果、その雑誌社に電話をしたんです。八重樫さんの連絡先を教えてくれと。

 

―すごい笑 突撃ですね―

今と違って方法がないんですよ。電話をしたらトヨタの住所を教えてくれたので、

「カーデザイナーになりたいんですがどうしたらいいでしょう?」と相談の手紙を出したんです。

 

しばらくして八重樫さんから返事が来ました。

 

封をあけてみると、カーデザイナーになるんだったら、と10校くらいですかね。

学校の名前が書かれてました。

そして一番最後に「ちなみに私は千葉大学です」と。

これは千葉大学にいくしかないな、と思って決めたんです。

 

ただ、地元の愛光学園という中高一貫の学校に通っていたんですが、毎年、東大・京大・阪大に50名以上送り

込むような進学校だったので、千葉大に行くといったら猛反対にあいました。

 

その中でも私は落ちこぼれ組ですよ笑

東大・京大・阪大以外は認めないような空気だったので、千葉大なんか辞めとけ、と先生が言うんです。

 

でもそのときにはカーデザイナーになると決めていたので、

「先生が言うような学校ではカーデザイナーになれません。」と頑として話を聞かずに千葉大に進みました笑

 

―そこでようやく本格的にカーデザインを学ぶわけですね―

千葉大に進学してもクルマのデザインは誰も教えてくれませんよ。

吉岡教授という恩師がいるのですが、「広い視野のデザインを学べ」ということでスキル的なものは

何も教えてくれません。

 

ただ、スキル以外のデザインに関することは教えてもらいました。

あとは、昔から絵が好きで暇があれば色々と描いてましたので。

 

―カーデザインに関してはすべて独学なんですね―

そうですね。覚えているのは、3年の時に、トヨタに実習に行けと言われて行ったんですよ。

そこで初めてプロのデザイナーの方が描いているのを間近で見せてもらったんです。

 

当時のトップデザイナーの内田さんという方です。

フローマスターというインクを使って、ベラム紙に綺麗に描いていく。

レンダリングですよね。私はペンで描くだけでしたので衝撃を受けました。

 

と、同時に焦りも出てきて。これじゃマズイと笑

その帰りに伊東屋に寄って、高かったんですけど画材を全て揃えて必死に練習しました。

 

―ターニングポイントですね。―

ですが、当時私は水泳部のキャプテンをしており、水泳のことしか頭にありませんでしたので

就職するつもりはありませんでした。

 

大学院にでも行こうかと考えていましたので。

 

―そうなんですか。ではなぜホンダに?―

ちょうど関東甲信越大会で優勝するかどうか、という時期で毎日練習していたときにホンダの方が

私に会いに来ました。

 

そんな時期だったので練習があるからと、会うのを断ったんです。

ですが、練習をして終わったらまだ待っていてくれたんですね。

 

2時間以上ほったらかしにしても待っていてくれた。

それで口説かれちゃったわけです。こんなに熱意を持って声をかけてくれるんで、行ってみようかなと。

 

―そもそも普通は「練習があるから」と断らないと思いますが笑―

いやいや、その時は本当に就職するつもりがなく、水泳しか見てなかったので。

水泳に命を縣けてましたから。

 

それでホンダを受けることになり、就職しました。

 

―ホンダ時代のことを教えて下さい―

—-Please tell us about your period in Honda.—–

ホンダには7年程在籍しました。

同期は5名ですね。いまもホンダにいらっしゃる松澤さん、宇井さん、もう退職された牧田さん、僕、

そしてNORI, inc.の栗原さん。

 

しょっちゅう旅行にいったりね。今でも親交があります。この業界にいると良く会いますし。

 

栗原さんと私は2輪に配属されました。

ただね。私は2輪に興味が無かったんです。

栗原さんは初めから2輪希望だったので希望通り。

私は4輪にしてくれと頼んだのに希望が通らなかった。

 

ちょうど、同期の松澤さんは2輪希望だったのに4輪配属。

なんでこんな酷いことをするんだと配属発表の日に辞表を出しました。

 

―発表すぐ!?希望が通らないことなんてよくあることじゃないんですか?―

わざわざ千葉大に会いに来てくれたのに入社した途端、こんな仕打ちを受けるなんてとんでもない会社だ、

とそのままの勢いで辞表を提出です。笑

 

そうしたらまぁ止められますよね。何事も社会勉強やから辛抱せい、と。

ただそれじゃあ納得できません、ということで半年後に、同じく希望の通らなかった松澤さんとチェンジ

してもらうことになりました。これで晴れて2人とも希望通りの部署ですね。

 

2輪は半年だけなので、あっという間。2輪に全く興味も免許も持ってなかったのですが、その後同時に

4台も所有するくらいハマってしまいました笑

宇井さんとエンデューロ2時間耐久レースに出たり。

 

仕事面でいうと、当時の上司から色々と学びました。

デザインの考え方は岩倉さん、造形については榑松さん。

このお二人から学んだことが、いまでも私の自動車作りのベースになっています。

 

HONDA

左)1976年、5人の同期入社。狭山での工場実習にて。 右)2011年の藁塾にて再会(牧田氏欠席)

 

―では入社してから初めてちゃんとスケッチを教えてもらったんですか?―

当時のホンダはね、いきなりクレイ。絵なんか描かないですよ。

取材が来ることになると、慌ててあとづけで絵を描くくらい笑

 

―無茶苦茶ですね笑―

これこれをデザインしろ、と言われてクレイで3つくらい作って持って行くと

「なんで3つもあるんや。ひとつにしろ」と言われましたから。

 

その後、2代目シビックやクイントを担当したんですが、そこで転機が来ます。

というのも、初代のシビックはキレ味のあるデザインで良いんですが、2代目はその小気味よさが無くなって

しまってるんですよね。クイントもそうです。

 

そのあたりでダイハツからシャレードが発表されたんです。

 

それがインパクトがあった。ダイハツのデザイン力は凄いなと感じたんです。

その後、偶然シャレードの開発責任者である西田取締役に会うことがあり、その時に言ったんです。

 

シャレードは素晴らしい。私はシャレードを買おうと思う、と。

 

そうしたら「ホンダで充実してるか?」と言うんです。

ギクっとしながらも「いえ、してないです」と言うと、じゃあウチに来いということになりまして。

 

―まさしく転機ですね。―

色々と重なったんです。地元四国の親のことも考えて地元に近づきたいなとも考えてましたので。

ダイハツに転職した当初は少し悩んだりもしましたが、徐々に任せてもらえるような立場になりました。

 

当時は、主にミラとハイゼットしかなかったので、どんどん車種を増やそうとしている状況。

ダイハツは他と比べて組織が小さい分、デザイナーの想いを反映させやすい。

今考えると、私にとっては良い環境だったなと感じます。

 

軽の新規格になってからは全て担当しましたから。

 

シャレード

Daihatsu Charade wikipedia

CHARADE: A first generation of Charade was released in 1977. It’s concept was ” 5 Square Meter Car.” It was very different and unique from existing models of other Japanese car makers. It was the first ONE LITTRE Car in Japan, epoch-making model.

―初代オプティが最初の代表作でしょうか?―

—Is the first generation OPTI your first major work at Daihatsu? —

オプティは「MOVING ART(ムービングアート)」というデザインコンセプトを掲げて、

感性に訴えかける軽自動車を生み出そうという試みでした。

 We launched the design concept of OPTI as [Moving Art]. Our attempt was to produce a Kei-Car which will grab consumers’ hearts.

当時のトレンドであった合理性を軸とするミラとは対極のコンセプト。

工芸品のように手に馴染む温かさをイメージしています。

 It was exactly the opposite concept of MIRA, its concept was Rationalism, which was the market mainstream in those days.

OPTI’s image was just like Craft Work, gives drivers a warm fitting to their hands.

また、小さい車で重要なことは安定して見えることだと考えています。

お椀を伏せたような安定感のあるスタイル。下端にくるようなデザインですね。

I strongly believe that it is very important to look stable for small size car.

The style of OPTI was stable looking, the overall shape looked like flipping coffee cup. I wanted car looks as if its Center of Gravity located at the bottom of the car.

あとは、どうしてもレリーフを入れたくなかったんですよ。

In addition to that, I did not want to use Relief in my design.

レリーフを入れずにデザインするとなると面の張りで表現するしかない。

I was only able to express Craftsmanship by curving surface with tension.

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Daihatsu Opti wikipedia

First Generation OPTI debuted in 1992 as an upper grade model of MIRA, which has been the most sold model in Daihatsu. OPTI was accepted market enthusiastically.

―軽は規格が決まっているのでそうなると…―

–Kei Car has the very detailed specification requirement, so cannot take too much curved surface, as it will decrease passenger space, which is already small, right?.—

そうなんです。デザインしろが取れないので、張りで表現するのは非常に難しい。

周りには成立しないと言われましたよ。

Yes, you are right. Because the Kei-Car size is small, it is very difficult to express design intention by curved surface tension, as curved surface will reduce passenger space. Most of my colleagues told me that is not possible.

 

ただ、レリーフを入れたくなかった。

But I did not like to use Relief to express design intention.

限られた制約の中で一番綺麗な張りを作るために一番優秀なモデラーと組んで何度もトライし、

優秀なモデラーの力もあってオプティのデザインは生み出されました。

 In order to create tension on the surface under such a limited environment, I tried to produce tensions without adding Relief with our top modeler. That is how OPTI’s design was born. Really worked together with this skillful modeler.

そして実はこれがのちのコペンにつながっています。

いわばオプティで挑戦したスタイルの集大成がコペンなんですね。

This has become a DNA for designing COPEN.

In another word, COPEN was sitting on the summit of all those challenges which OPTI has done.

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初代オプティの頃から挑戦し続けてきたロングライフデザインを目指し、安定感や親しみ深さを表現。2002年のデビュー以降、フル生産体制が続いたことからもその人気の高さが伺える。発売から10周年記念としてシリアルナンバーを入れた10TH アニバーサリーエディションを発売。石崎さん自身も最後のコペンを手元に置いておきたいということで購入し、現在でも所有しているとのこと。右)スケッチはチーフデザイナー山本叔弘さんの手によるもの。

 COPEN: Daihatsu’s 2-Seater Sports Car! Since its debut in 2002, Copen has achieved 100% of production estimate consistently every year. In 2012, they released limited 10th Anniversary Edition, and Ishizaki bought his own as his commemoration of his work. Right side sketch was done by Yoshihiro Yamamoto, the chief designer.

―選びにくいと思いますが、印象深い1台をあげるとすると?―

–Which car do you feel most impressive among your works?–

ネイキッドですね。

 

誤解を恐れずに言うと、軽自動車ってヒエラルキーは低いじゃないですか。

 For me that is NAKED. I have to say that Kei-Car is classified more or less in the lower side of car hierarchy in the market. I am bit afraid that this statement may cause some misunderstanding.

大きくて高級な車ほどヒエラルキーが高くて、軽は維持費が安いから乗るんでしょ?と、思われがち。

それをね。こっちのほうが絶対にいいんだ!と言わせたい。

  In general, the high grade, big car is ranked in the high side of car hierarchy. Many people tend to think that Kei-Car is sold because of its economics. But I wanted buyers to say “This car is far better than others, that is why I bought this.”

一種の免罪符を作るというね。

A kind of Good excuse to buy Kei-Car.

―安いから軽を選びました、ではなく心から欲しいと思った車が結果的に軽だった、という状態―

—So what you are saying is you wanted consumer bought Kei-Car not because of its economics, but seriously wanted the Car.—

そう。ネガティブな理由ではなく、ポジティブな理由で選んでもらえる軽自動車作りです。

 Yes, you are right. Not because of negative excuse, but more positive motivation to buy the car. I wanted to produce that kind of Kei-Car.

当時、うちの商品企画サイドから「男の軽」を作ろう、ということになったんですね。

At that time, our Product Planning Department launched the new concept of ” Men’s Car”

ただ、まだどういうものがいいかピンと来ていないわけです。

However, I could not transform that concept on the sketch sheet for a while, I was not able to visualize the image.

ちょうど色々考えている時に、富士吉田に行って自衛隊の高機動車とすれ違った。

ハマーのような軍用車ですよね。

Then I happened to drive near Mt. Fuji, and saw a armored car, just like Hammer.

それでピンときました。

 That military car gave me an inspiration.

コレを使ってむちゃくちゃに遊ぶぞ!ワックスなんてかけへんで!という軽自動車。

The idea was “the car is just for fun”. No need to shine.

よくアメリカの映画でバーンと車のドアを蹴って閉めたりするシーンがありますよね。

No need to handle with a serious care. Just like kicking doors to close. You sometimes see the scene in the American movies.

汚れることや凹んだりすることをまったく気にしない。まさにそんなイメージです。

 No need to worry about getting dirty or dent. My image was just like that.

ネイキッドは、私も12年間乗ってたんですけど、リアシートを取り外して自転車を入れて使っていました。

個人的にも、高級車をピカピカに磨いて乗るタイプじゃないんです。

 NAKED realized that kind of concept. I drove it for 12 years. Took out back seats and stored my bicycle.

I am not a kind of person who keep clean and shine high end luxury car.

傷ついたら嫌だな、なんて事を気にしながら乗るのは性に合わない。

I do not want to worry about scratch or minor dents during driving my car.

小さいことの持つメリットや、この車にしか無い良さ。

軽自動車の中にもこんな面白いのがあるんだぞ、と。

そういう意味では免罪符をうまく作れたんじゃないかと思っています。

 I wanted to realize the benefit of owning small cars. I wanted buyers to feel that there is such an interesting car in Kei-Car. And I am proud of myself to produce such a kind of car, NAKED.

ネイキッドスケッチ

モーターショー提案のためのモデル作成時、塗装前が一番イメージに近かったというエピソードも。塗装しないわけにはいかないので泣く泣く塗ってもらったという。右)は夏休みに、石崎が自宅で一枚だけ描いたというスケッチ。このスケッチをもとに開発が進められ、1997年のモーターショーでショーカーとしてデビュー。来場者はもとより、メディアを含め多くの支持を受け、新軽規格のサイズに全面変更し量産された。素材感を強く打ち出したスタイリングで、気軽に使える男のタフさを表現。ネイキッドというネーミングも石崎自身によるもの。

NAKED: Ishizaki confessed that a car before the painting was closest realizing the concept. But, of course, you need to paint, so gave up that idea of not painting. Released in 1997, as Motor Show special model. Received a good welcome from both market and media. And Daihatsu finally released NAKED as a mass production model. It’s styling was tough looking, unique to appear the image of materials. The name of NAKED was also given by Ishizaki.

―カーデザイナーを志す方へ何かアドバイスを下さい―

–Could you kindly give some advice to students who is anxious to become a Car Designer?–

建築を勉強する人は、まず過去の作品から学びますよね。

カーデザインを勉強する人は過去から学ぶ姿勢が薄いように思います。

 Let me tell you that students in the architect field start studying the past works in history. On the other hand, car design students are not paying too much attention to their predecessors’ works.

カーデザインも歴史の積み重ねですよ。

白紙からは何も生み出せない。

 I believe the car design is also the accumulation of the history, just like architectures. Nothing can be produced without understanding history, accumulation of past works.

自動車博物館に行って、素晴らしい車やダメな車を見て考えて下さい。

これはなぜ素晴らしいのか。どうやって作られたのか。

そしてダメな車はなぜそうなってしまったのか。自分ならどうするか。

 Please visit Automobile Museum, and look each of them carefully for both GOOD cars and NO GOOD cars. And think why this one is GOOD, how they were developed. Think why this one is NO GOOD, why this one was not accepted by consumers? And think if you were designer, what would you do?

ジウジアーロがデザインしたマツダのルーチェやいすゞピアッツァなんかはいま見ても美しい。 

昔の仕事を学ばないで明日は作れません。

 Mazda Luce (nameplate was replaced by the Mazda Sentia name in 1991) which designed by Giorgetto Giugiaro, and the Isuzu PIAZZA (also known as the Isuzu Impulse in the United States) are still beautiful designs today even after 30 years. We cannot build tomorrow without learning such a great works.

―時代時代で、時を切り拓いてきた車というものがありますよね―

—There were cars which opened New Era.—

そう。時を切り拓く車とゲテモノは紙一重だな、というのも私の考えです。

フィアット・ムルティプラを見て下さい。

とても個性的。

Yes, I think so, too. At the same time, I think there is only a slight difference between such an epoch-making car and bizarre car. Take a look at the Fiat MULTIPLA. It has Originality.

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商売としては成功しなかったかもしれないですが、私は良いと思います。

 That car was not successful from a commercial view point, but I like it.

また、オートカーの記者がアルファロメオSZのことを

「Ugly is Beautiful(アグリー イズ ビューティフル)」と表現していました。

An editor from AUTO CAR expressed Alfa Romeo SZ (Sprint Zagat) as “Ugly is Beautiful.”

800px-Alfa_Romeo_SZ

車は法則が全てじゃないんだなと思わされます。

 It inspires me that in the Car Design world something else other than general rule exist.

瀬戸際のデザインですが不思議と引き込まれる。

自分にはできないという意味で憧れる部分がありますね。

 It is on the verge of good/bad design, however, it attracts me.

It fascinates me maybe because I cannot design like that.

以前、エルコーレ・スパーダとプロジェクトをしていて、家に招待されたことがあります。

当時はイタリアのデザイン会社I.DE.Aのチーフデザイナーでした。

 Before, I was working the project with Ercole Spada, he was a chief designer of I.DE.A in those days. One day he invited me to his home during the project.

そこで彼は「ジウジアーロはパーフェクトなデザインをする。」と私に言いました。

そして、「でも人間、パーフェクトだとつまらないだろ?」とも。

 He talked to me, “Giugiaro designs Perfect.”

And, he continued, “But, if a man is perfect, then you feel that person is not fun.”

Alfa Romeoに、カングーロとTZ2という2台の車があります。

カングーロは360度どこからみても何の破綻もありません。まさにパーフェクトなジウジアーロデザイン。

 There are two cars in Alfa Romeo, CANGURO and GIULIA TZ2.

Looking at CANGURO from every angle, there is no room for critics. That is Giugiaro’s perfect design.

一方、TZ2はエルコーレ・スパーダのデザインです。

クセがあって、アグレッシブ。ともすれば野蛮と言えますがカングーロもTZ2もどちらも感動する。

 On the other hand, TZ2 is designed by Ercole Spada.

It is full of Originality, and even can say it is aggressive. Can be expressed as ” Savage”. But to be honest with you, both cars really thrills me.

カングーロとTZ2は同じシャーシで作られています。

デザイナーが違うだけでこんなにも表現する世界が違う。

 CANGULO and TZ2 were produced by using common chassis.

そういうことも勉強した方がいい。

 As a car designer student, you should learn these as well.

ちなみに、私が幼い頃に衝撃を受けたアストンマーチンDB4ザガートは彼のデザインだということも

教えてくれました。

By the way, he told me that the Aston Martin DB4 GT Zagato was his design. I told him that car was a shocking to me when I was young.

その場で当時描いたスケッチを嬉しそうに持ってきてくれて、プレゼントしてもらったんですが、

うちの家宝になっていますよ笑

He looked happy when he heard what I said. And the he brought his sketch which he wrote at that time, and gave it to me. It is our family treasure now.

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エルコーレ・スパーダ=1960年代のカロッツェリア・ザガート(Zagato)黄金期から常に第一線で活躍したカーデザイナーで、ジョルジェット・ジウジアーロやマルチェロ・ガンディーニなどと共に現代の自動車デザインの基礎を作った一人。I.DE.A時代にはフィアット・ティーポやフィアット・テムプラ、ランチア・デドラ、アルファロメオ155などを手がけた。

Elcole Spada: a designer who had been active on the front lines since the golden age of CARROZZERIA ZAGATO in 1960s. He often worked with Giorgetto Giugiaro and Marcello Gandini. They created a base of auto car design today. At the I.DE.A, he worked on the Fiat TIPO, the Lancia Dedra, and the Alfa Romeo 155 (Type 167).

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左)カングーロ 右)TZ2

 Left: Ganglo Right: TZ2

―石崎さん自身は新しいデザインやコンセプトはどうやって生み出していますか?―

—Can you share with us how do you create a new design or concept?—

学校の生徒にも言っているのですが、ヒントはかならず日常の中にあります。

ボーっとして見るんじゃなくて、興味を持って目を見開いて集中して見る。

そうすると、普段は何気なく見ている日常から浮かび上がってくるんです。

 I often say to my student, there is always a hint in your daily life.

You’ve got to look at what interests you with your both eyes wide open. And Concentrate! Not just seeing.

Then, a hint comes out from your routine lives.

―ネイキッドの時もまさにそうですね。―

–How was the case, when you designed “NAKED”?—

自衛隊がいるなぁとただ見過ごすのか、そうでないのかは見る側の意識次第です。

 It really depends on your sense. If you see the Self Defense armed vehicle passing nearby, and then ” yeah, that is armed vehicle “and let it go, or triggers you to think “yes, this can be transformed to commercial vehicle.”

あれは、夏休みに自宅で描いた一枚のスケッチをもとに開発がスタートしています。 

私はどちらかというと貯めて貯めて膨らませて描き始めるタイプ。

 The NAKED Project initiated from my sketch which was drawn at home during my summer holidays.

I am, if anything, a type of designer who does not start to draw until my idea firms up. Until then, I keep thinking and thinking.

オプティも初代ムーブも開発初日に描いたスケッチです。

デザイナーはスケッチをたくさん描くものですが、最初に描いたスケッチが一番良いことはよくあること。

 Both OPTY and the first generation MOVE sketch were drawn on the first day of their projects.

Designers draw a hundreds of sketches, but it often happens that the first sketch is the best.

ただし、100枚描いても出ない時もある笑

そんなものです。 

 And funny thing is that there is a case even you draw 100 designs, you still cannot come up the one you will get satisfied.

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ダイハツ・タント=「しあわせ家族空間」をコンセプトに新ジャンルの軽自動車として2003年デビュー。その広さと使いやすさは若いファミリーを中心に圧倒的な支持を得て、「ママのワゴン」としてダイハツの柱となった軽自動車。車名の「tanto」とは、イタリア語で「とても広い、たくさんの」という意味。

 Daihatsu TANTO: a new genre of Kei car. It was introduced in 2003 to realize a concept of “A Space for Happy Family.” Its spacious and useful design got huge support from younger families. TANTO was accepted as “mom’s wagon,” , and became Daihatsu’s one of the most sold Kei-Car. TANTO means “so spacious, so much” in Italian.

「時は最後の審判者」

初代タントの開発の際に、林英次さんから頂いた言葉です。

“The time is the final judgment” Eiji Hayashi gave me the quote when the first TANTO was developed.

林英次=1931年京都に生を享ける。LILACにて設計課長を勤めた後、ブリヂストンサイクルに入社。取締役設計部長としてオートバイや自転車、スキー、ホイールなど様々なプロジェクトを手掛ける。1981年、AXIS創立に携わり、企画部長、編集長、代表取締役専務を経てRCA名誉評議員、AXIS社友、ブリヂストンサイクル名誉顧問として現在に至る。 デザイン司南|一寸先は闇(林英次著)参考

Eiji Hayashi= born in Kyoto, 1931. After he worked as a director in the layout department at LILAC, he was hired by the Bridgestone Corporation. He worked on the several projects such as automobile, bicycle, skiing, and wheel as a design department director. In 1981, he was participated in the foundation of magazine company; AXIS, and throughout his career in the company of planning manager, chief editor, representative senior managing director, he holds now a honorary councilor of RCA, AXIS colleague, and honorary consultant the Bridgestone Cycle CO.,LTD.

実は初代タントは、デザインクリニックといって、一般の方にいくつかの案を見てもらい、意見を

もらったんですが、一番評価の悪い案を選びました。

どうしてもそれでいきたかったのでその案を選んだんです。

 The first generation TANTO development adopted a method called, “Design Clinic.” We showed several ideas to the general public, and received their feed back. However, we chose the worst feed back car, because we wanted to choose that one.

 

 

その時に林さんは、

「良いデザインかどうかは10年経ったら決まる。そしてその選択は間違っていない」とおっしゃいました。

 At that time, Mr. Hayashi, long time supporter of my works, currently a Honorary Consultant of Bridgestone Cycle, encouraged me when he heard that we chose what we wanted , “Time will judge your decision whether it was good or bad after 10 years. So, your choice is not wrong at all at this point.”

時は最後の審判者だと。

The time is the final judge.

―そういう意味でも、過去から学ぶことは大事なことですね―

 —So that means, it is important to learn from the past—

そういうことです。

 That’s right.

絵の練習をする、絵が描ける、そんなことなんて当たり前。

みんなやっているし、できて当たり前なのでそこは頑張ってください。

 Let me tell you. You practice many sketch, you can draw many images. Of course, that is nothing you should be boast of.

Everybody else does, everyone can do that! That is a minimum requirement. You’ve got to work hard.

ですが、他のことも勉強しなくちゃいけません。

 You also need to study other than sketching.

数学も国語も英語も歴史も過去のデザインも、自分の能力を高めるために全て勉強する必要があります。

テレビやネットから得る知識だけではダメです。

 Math, Japanese, English, History, Designs prevailed in the past,,, You have to study everything which can raise your capability as a car designer.

Getting knowledge from TV and Internet is far from satisfactory.

テレビや映画はダラっとしてても見れる。それじゃ身につかない。

ぼーっとネットを見ていても実際に集中しないと意味が無いんです。

 TV, which you will get knowledge in a passive manner, which will not become your meat and bone.

If you are doing net surfing, that will not add values to you.

この業界は絶えず変化してきました。

This industry has been changing all the time.

私が手紙を出した八重樫さんの世代から始まり、諸先輩方が創世記を作ってくれました。

そこから10数年あとの世代が私達。

 Since Mr. Yaegashi’s (I sent the letter to him when I was young) time, it has started. The famous designers who were older than me made histories of the car design, and 10 years later from them are our generation.

その頃の環境と今は違います。

 

多くの人が関わるようになって、どんどん分業が進んでいます。

  The work environment from our predecessors and present situation is completely different. More people are involving, more division of labors are developing.

一般の方には実際の開発現場を想像することは難しいでしょうが、本当に多くのプロセスが存在する。 

だからこそ、俺がデザインしたんだ、と思えるものを作るには絵を描くスキルなんか当たり前。

 

そうじゃないと設計者とやりあえないですよ。

 

デザイナー同士でもそうです。

絵で負けても、口で負けても、頭で負けてもいけないんです。

  It may be difficult for students or general people to get an image how the R&D is conducting in auto-makers. A numerous process is required. That is why I encourage you to study a lot for other than sketches. Sketching is minimum skill required. Unless you are armed with general knowledge, you cannot persuade layout team or performance group. Even among designer group. You cannot get defeated by drawing sketch, either during discussion, and/or idea creations.

色々なことを乗り越える力を身につけるために、あらゆる能力を高める努力をする必要がある。

You have to inject a lot of efforts to brush up all kinds of abilities in order to overcome difficulties.

絵を描くのはあくまでスタートです。そこから先を見ないといけない。

 Drawing sketch is only a start point. You have to draw your futures as if you can do sketch now.

コミュニケーションして議論して、説得して、納得してもらうことは絵を描くスキルだけではできません。

普通の人と同じようにやって満足してたらダメなんだ、と視座を高く持つことが大事。

私はそう思います。

You cannot persuade other people who are in the project unless you communicate, insist, and get their full support. By only showing them your sketch is not sufficient.

I believe that you’ve got your ambitious very high, telling yourself if you do the same thing as other people do, that is unsatisfactory.

ishizaki6

石崎さんの愛車コペンと奥様の愛車フォルクスワーゲンup!

 Mr. Ishizaki’s favorite, COPEN and his wife’s favorite car, the Volkswagen UP!

編集後記

Editor’s Note

皆さん、いかがでしたでしょうか?

 How did you find the story of Mr. Ishizaki, isn’t it interesting?

中学3年生の時点でカーグラ編集部に手紙を出し、当時トップクラスのカーデザイナーに直接コンタクトを

とる行動力や、学生時代会いに来てくれた採用担当者に「練習がありますんで」と面会を拒否する意志の強さ、

さらにはホンダ配属初日に辞表を提出する判断の早さは驚きを通り越して思わず笑ってしまいました。

 

車をデザインするということは華やかな部分にばかり目が行きがちですが、

開発の中で経営者や設計者との交渉や説得など、非常にタフなプロセスを経ています。

 

だからこそ絵が描けるということはできて当たり前。

それ以上に、様々なことを学習し自分の能力を上げることが求められているんですね。

  I admire his passion to become a Good Designer. People only tend to focus a fancy life of car designer, but he encourages you acquiring various knowledge and raising your ability as a human being (at least as a business person). During the course of development, designer will need to communicate, discuss, and negotiate with directors, performance designers, and layout group. It is really a tough process. That is why he kept stressing that drawing good sketch is a minimum requirement. You have a lot of things to do.

忙しい中お時間を頂いた石崎さん、本当にありがとうございました!

Mr. Ishizaki, thanks for taking time with us today. It was very exciting. You also give us a lot of GOOD advice. Sincerely appreciate!


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